第1章うつ病との戦い-(12)転職したが、2回目の転職活動

(12)転職したが、1年で2回目の転職活動

うつ病になって、最初の転職は薬の効果もあり最初はやる気に満ちていた。休職していたので、仕事をしたくてたまらなかったのもあり、最初から結構飛ばした。自分は幼少期から引越しが多かったためか、人見知りしないようになっていた。そのためもあり、異なる環境に馴染むまでそれ程時間は掛からなかった。新しいことをやるのが好きな自分にとって、毎日が新鮮で楽しかった。更に、男性だけの職場という事もあり、男子校のようで楽しかった。下ネタで盛り上がりながら、和気あいあいと毎日過ごしていた。

当時はうつ病は「こころの風邪」なので、抗うつ薬さえ飲んでいれば治ると思っていた。また、休職中にしっかりと体を休めることが出来たので、体調は万全だと思っていた。しかし、簡単に復活することは難しいと思い知らされることになる。簡単に言うと、ストレス耐性が低くなっているのと、根本的な原因を解決していないからであった。自分としては、早く復活したいという思いが強く、ストレスに弱くなっていることや、根本的な原因を解決しない限り再発しやすいという事をその時は知らなかった。この事実は多くの人に知って欲しい。「うつ病は薬(抗うつ薬)だけでは直らない」ということ。

自分はそのことを知らないまま、病気になった会社を辞めて、新しい会社にうつ病であることを隠して転職した。自分としては、自分がうつ病になったのは前の会社のせいだと思っていたので、転職をしたのであるが、大きな原因は自分にあったことに4~5年後に気付くことになる。その時は、会社の環境・業務であるとか、人間関係(当時突然来た上司)が上手くいかないこととかが原因で病気なったと信じていたので、どうしても復職したくなかったし、転職活動が上手くいったので、自分としては変われるし、治ると思っていた。

仕事は結構ハードで、東京と大阪の事務所を行ったり、来たりすることが多かった。また、海外出張も多かったので、しばらくすると体は疲れてきた。更に社員は結構不満を持っている人が多く、話を聞き本社と交渉するという業務を行っていたのもあり、ストレスがどんどん溜まっていくのが分かった。本社がヨーロッパにあることと、前の社長が英語を話せないということもあり、かなり日本法人は孤立していた。社員は正当に評価されず、給与水準がかなり低かった。また、本社は様々な機能を一元化しようとしていたのに対して、日本では難しいと思われることを強引に日本法人にやらせようとしていた。自分は間に挟まれて結構辛い思いをしていたが、もともと正義感が強いほうなので、本社を説得すべくかなりハードの交渉を繰り返した。その結果、ある部分は受け入れられたが、なかなか社員のモチベーションを上げること、特に待遇面での改善を行う事が出来なかった。

仕事の面ではかなり売り上げを伸ばすことが出来た。前職の経験を生かすことで、今までとは異なるチャネルの開拓やマーケティング手法を取り入れた。その結果、本社のエグゼクティブコミッティーメンバーに選ばれた。その結果、2ヶ月に1度はヨーロッパでの会議に出席する必要があり、行けない月は電話で参加する形を取った。当然ヨーロッパ時間に合わせるため、電話会議は日本時間の午後18時以降から始まるケースが多かった。また、普段の交渉も夕方以降になるため、業務時間が長かった。

それでも自分は体調が戻ったと勘違いして頑張った。仕事もそうだが、仲間意識やチームワークを大事にするので、飲みに行くことも多かった。また、キャバクラで結構派手に遊んでいた。ストレスが溜まっていることもあり、癒しを求めるためにキャバクラにはまったような気がする。酷いときは毎日のようにキャバクラに通い、アフターでカラオケとかに行ったりした。朝帰りでそのまま仕事という事もあった。

当然体に良いわけが無く、半年位した頃から会社に行くことが辛くなった。朝、起きられないのである。自分としては、ヨーロッパと電話会議をしたり、交渉したりするが大変だから仕方無いと思っていたが、だんだん会社に行けなくなってしまった。特に朝は辛く、行けても11時以降になった。そして、午後になり、最終的には行けなくなった。

このときも、自分のせいだとは思わなかった。会社が悪いと思っていた。そして再び転職しようと思った。

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