第2章(8)セロトニンとの出会い

(8)セロトニンとの出会い

セロトニンとの出会い

うつ病の原因を調べていると、このセロトニンという言葉に辿りついた。セロトニンを理解し、意識した生活をすることでかなりうつ病状態は緩和された。また、自分が何故うつ病になったかを知るきっかけにもなった。

「認知行動療法」と同様に自分にとって非常に重要な出会いであった。うつ病のような気分の落ち込みの理由を理解するうえで、セロトニンは外せない。是非多くの人に知ってもらい、うつ病から立ち直って欲しい。

セロトニンとは

セロトニンはノルアドレナリンやドーパミンの暴走を抑え、心のバランスを整える作用のある伝達物質である。 セロトニンが不足すると、様々な症状が現れる。

【以下主な症状】

  • 疲れ-疲れやすい、ぼーっとする、やる気が起きない、集中力がない
  • 怒り-怒りっぽくなる、イライラする、キレっぽい
  • 気分-落ち込みやすい、すぐくよくよする
  • 食欲-食べ過ぎる/食欲がない(過食/拒食)
  • 感情-感情的になりやすい
  • 睡眠-寝付きが悪い/眠れない(不眠)、睡眠ホルモン「メラトニン」の減少
  • 体調-偏頭痛がでる、欲求不満、日中眠い
  • 姿勢-姿勢が悪くなる
  • 状態-緊張しやすい、ストレスが溜まりやすい
  • 依存-様々な依存症(買い物、ギャンブル、アルコールなど)になりやすい
  • 病気-うつ病、統合失調症、パニック障害、その他、様々な身体・精神的な症状

※うつ病の人は当てはまる項目が多いと思う。原因のすべてとは言えないが、セロトニンが不足している事が原因の一つであることが分かれば、対策も取りやすい。

セロトニン不足になる生活

セロトニンが不足すると、身体・精神の両面に様々な影響を及ぼす。
逆に、セロトニンが満ち足りていれば、心のバランスを整え、心の安らぎを与えてくる。
強いストレスを受けたり、うつっぽく感じるなどしたときはセロトニンが不足しているかも知れない。セロトニンを知らなかったので、自分が不眠になった原因や怒りっぽくなった原因が分からずにいた。

セロトニンが減る理由として、過度なコンピュータ操作、テレビやゲーム漬けの毎日、運動不足、昼夜逆転の生活リズムなどの不規則な生活が上げられる。セロトニン神経は、規則正しい生活リズムや軽い運動や日光浴などで、自然と活性化されるはずのものであるが、現代人の生活を考えると減る事しかしていない。考えてみれば、自分はまさに減る生活を送っていた。

セロトニン神経の活動には、日光が大きく影響すると言われている。よって、最近の子供たちのように屋内型の遊びが多くなり、連日にわたり長時間ゲームをやり続けるという習慣等は、セロトニン神経が弱体化しやすくなる。私も毎日の残業や飲み会などで体を休めることをしていなかったし、日光を浴びたり、運動したりすることを全く意識していなかった。

現代人は、知らず知らずのうちに慢性的なセロトニン不足に陥り、気が滅入ってうつっぽくなってしまったり、ココロのバランスが崩れてキレやすくなってしまったりするのである。もっと早く分かっていれば。。。

不足したセロトニンを増やすにはどうすればよいか
セロトニンを増やすための方法は、『規則的な生活』『太陽光』『リズム運動』『適切な食事』などがある。

自分は、上記4つを意識するようになってから、かなり調子が良くなった。あと、たばこを止めたのも良かったと思っている。夜は12時前に寝るようにしているし、朝起きたら窓を思いっきり開けて、日光を浴びている。太陽が本当に大事だと思ったのは、雨が降ると気分が乗らないと気付いた時である。週末はジョギングをするようになった。そのおかげで体重も減った。良いことだらけである。

第2章(7)認知行動療法のまとめ&利用方法

(7)認知行動療法のまとめ&利用方法

認知行動療法とは-10パターン

これまで見てきた認知の歪みの10パターンをまとめてみた。どれも自分は考える事があったり、経験したりしたことがある。実際にうつになるきっかけは、自分は「全か無か、All or Nothing思考」と「すべきである思考」が極端に強かったことだと思う。

歪みの10パターン
全か無か、All or Nothing思考 何でも善か悪、全部又は無という判断をしてしまう
何でも一般化しすぎてしまう 何かひとつやふたつの事実・事象を見たり、体験したりすると、「すべて(いつも)こうだ」と思いこむ
マイナス思考 何でも悪いように考えてしまう。良いことがみえなくなるばかりでなく、なんでもないことや或いは良いことまで悪いほうに考える傾向が生れる
心の読みすぎ=勝手な思い込み わずかな根拠や事象から相手のこころを勝手に推測し、事実とは違う、或いはまったく事実無根の結論を下してしまうこと
選択的抽出 悪い事ばかりに目が向いたり、考えてしまったりする
「すべきである」思考 完全主義や完璧主義の人に多い。

自分や他人に対して、どんな事に関しても「こうするべきだ」とか「こうあるべきだ」、「こうあらなければいけない」などハードルの高い基準を作ってしまう

拡大解釈と過小評価 周りの人たちはみんな凄いのに何で自分は。

自分が持っている様々な資質の中でも、悪い部分やダメな部分のことばかりを大きく、重大なことと考えて、逆に良いところは小さく見てしまったり、見えなくなってしまったりする

自分が悪い思考 周りの起こる悪い事は全部自分のせい。

何か身の周りで悪い事が起きると、何でも自分の責任だと思ってしまう

感情的決めつけ 自分が感じていることを皆がそうであると思う
レッテル貼り 一般化のし過ぎや選択的抽出が極点になったケース

 

人間誰しも、上記の考えを持つことがあるが、どれも極端になる事が問題なのである。ストーカーとかも、異常だったり・極端な愛情表現だったりすると思うので、何でも極端になると問題になる。ストーカーと言ったのは、自分の思考に追い詰められている感じが自分はしたからである。

 

認知療法・認知行動療法とは「自動思考」のコントロール

~出来事-自動思考-感情-行動の相互関係に注目した方法~

「起こっている事の受け取り方」や「ものの見方」を認知といいますが、その認知に働きかけて、ある程度コントロールして、心のストレスを軽くしていく治療法を「認知療法・認知行動療法」と言う。

認知には、何かが起こった時に瞬間的にうかぶ考えやイメージがあり「自動思考」と呼ばれている。「自動思考」によって、いろいろ気持ちが動き行動することになる。ストレスに対して強い心(ストレス耐性)を育てるためには自分の「自動思考」に気付き、何故そのような考えになるのか理解し、それに働きかける事が大事なのである。

気持ちは、「考え方」に大きく影響される

例をひとつあげてみよう。

期末試験前日を想像してみよう。試験範囲は全部勉強出来ていない。疲れと眠気が全身に広がっている。このようなとき、どのような考えが浮かぶだろうか?

「前回も同じ失敗だった」「だめな私」「もっときちんと準備していたらこんなことにならなかったのに」と考えると、憂うつなるのは当然。

「何故お母さんはもっと早く勉強するように言ってくれなかったのだろう」とわがままな事を考えると、ちょっと怒りがわいてくる。

「明日全く出来なくて0点だったらどうしよう」などと考えると、恐怖や不安が全身をおそってくる。

「全部は終わっていないけど、ずいぶん教科書を読んだので、もう少しで終わるのではないか」と考えると、気持ちが少し軽くなる。

「自分のここまで勉強した範囲以外はあまり授業中に重要と言われなかったな」と考えると、希望がわいてくる。

単純だが、現実的にこのような事を普段経験しているのではないであろうか。同じ経験をしても、それをどのようにとらえ、考えるかで、そのときに感じる気分はずいぶん違ってくるし、身体の反応や行動も違う。

認知療法・認知行動療法は自分の考えをしなやかに、柔らかくして、気分を軽くしてストレスを減らす手助けをしてくれる。認知の歪みによって、不安・恐怖に支配されている頭を柔らかくする事で、うつ病も克服出来るのである。

第2章(6)認知行動療法とはー10パターン⑨と⑩

(6)認知行動療法とはー10パターン⑨と⑩

認知療法パート9-(感情的決めつけ=自分が感じていることを皆がそうであると思う)

「自分がこう感じているのだから、現実もそうであるにちがいない」と誤っておもいこむこと。

鬱状態にあると冷静に考えれば(或いは振り返ってみれば)たいしたことのないことでも大変な場面に直面しているような気がする。(自分が大変な思いをしているから)

絶望感にうちひしがれていれば「この状況は絶望的だ」とかんじられる。本当は自分の感情が現状からズレて暴走しているだけでも、そこには思い至らない。

また認知の歪みの特徴のひとつは、このように問題をすぐに「取り返しのつかないこと」として考えがちなことだ。世の中で起きるたいていのことは取り返しのつくものなんだが、ホンの些細な失敗でも「超大ピンチ!!!!!!!」となってしまうのである。

事実、ちょっと悪い事が起きると大げさに反応してしまって、人に当たり散らすようなことを自分が気付かないうちに行っていたようなことが多かった。毎回、妻や家族にいろいろと注意されて、反省する事が多かった。とにかく、イライラしている自分が正しいと思ってしまって、みんなに迷惑を掛けていた。

認知療法パート10-レッテル貼り(一般化のし過ぎや選択的抽出が極点になったケース)

原因療法としての認知療法には10のパターンがあるが、9までしか書いていないことに気付いた。実はこれが一番重要かもしれない。

最後は「レッテル貼り」である。簡単に言うと、自分や他人に柔軟性のないイメージを創り上げて、そのイメージを固定してしまう思考パターンである。ちょっと何か失敗したりすると、それが自分の本質であるかのように自らにレッテルを貼る。間違った認知に基づいて完全にネガティブな自己イメージを創作してしまう。極端な形の一般化のしすぎともいえる。この背景にあるのは「人の価値はその人の犯す間違いによって決まる」という考え方である。レッテル貼りは間違いをしでかしたときに「まったく私ってヤツは……」という表現で始まる言葉を吐くのが特徴だ。

太宰治の小説の主人公などがとてもわかりやすい例。自分が入っていたのが肺病のサナトリウムじゃなく精神病院だったというだけでいきなり「人間失格」と決め付けちゃったりね。

しかもこれほど極端に歪んだ認知でも、うつに陥っている本人には正しい判断であると思えているところがまたやっかいである。

これで10全部書いたので、次はまとめてみようと思う。

第2章(5)認知行動療法とはー10パターン⑦と⑧

(5)認知行動療法とはー10パターン⑦と⑧

認知療法パート7-(拡大解釈と過小評価=周りの人たちはみんな凄いのに何で自分は)

自分が持っている様々な資質の中でも、悪い部分やダメな部分のことばかりを大きく、重大なことと考えて、逆に良いところは小さく見てしまったり、見えなくなってしまったりします。

性格的や能力的な事など、自分の欠点のせいで、人生がうまくいかないよう感じるときが、自分はある。例えば、転職活動が上手くいかないとか、部下が言う事を聞かないとか、部下が反抗的とか、いろいろと自分がダメだからだと思って、気分が落ち込んでしまう。しかし、考えてみれば、誰でも良いところもあれば、悪いところもあるのである。

「自分には良いところもあれば悪いところも有る」が客観的見方だが、「自分は悪いところだらけだ」と認知を歪ませ自己否定的になる。自分に何の価値も見出せない。完璧な人間はいないのである。でも完璧な人間を演じようと無理をして、かえって自分をダメな人間と思ってしまっては、意味が無いし、逆効果である。余裕を持つことがどんなに大事か。

逆に他人に関しては良いところは大きく、悪い点は小さく見るのである。同じことをしても、他人のしたことなら「たいしたものだ」とおもい、いつも劣等感を抱く。自分以外の人間はすべてが偉大にみえるのです。他人を尊敬したり、尊重したりするのは大事ですが、その人にもどこか欠点があるものです。

認知療法パート8-(自分が悪い思考=周りの起こる悪い事は全部自分のせい)

これも結構自分に当てはまると思っていることで、何か身の周りで悪い事が起きると、何でも自分の責任だと思ってしますことがある。そのような状態を、「自分が悪い思考」と言う。責任感が強いと言うポジティブな言い方もあるが。。。

例えば、自分の子どもの成績が悪かったり、行儀が悪かったり、身体的な事で背がなかなか大きくならないとか、いろいろと悪い部分を見つけては、自分が悪いからとか自分がダメな親だからと考えてしまう。皆でやったことでうまくいかない場合でも、本当は誰の責任でもないのに自分のせいだと自分を責めてしまう。

その結果、「自分さえいなければ」とか、「自分は人に迷惑ばかりかけている。何にも関わらないほうがいい」と人間関係の場から逃げるようになり、家や部屋に閉じこもってしまったりする。危ないのは、この考えの行きつく先は「じぶんなどこの世にいないほうが良い」という自殺願望である。

そこまで、周りのひとは自分を責めていないということを冷静に自分が相手の立場であればとか考えると分かるのに、客観的に自分が見えなくなっているのである。

(しかし、自殺しようとしても、デパートの上から飛び降りれば下を通った人にぶつかり、電車に飛び込めば遺族がJRに賠償金を払わされなければならない。風呂場で手首を切れば、見つけた家族が貧血で倒れる、などと考えていれば自殺という行為すらも迷惑になるため、どうしていいかわからなくなる。)

第2章(4)認知行動療法とはー10パターン⑤と⑥

(4)認知行動療法とはー10パターン⑤と⑥

認知療法パート5-(選択的抽出=悪い事ばかりに目が向いたり、考えてします)

うつ病の時は、自分が関心がある事が気になってしまい(特に悪い事が多い)、他のものが何も見えなくなってしまう事がある。これは悪い傾向で一旦気になると無限に悪い事が頭の中を駆け巡り、このようの中は悪い事だらけになってしまう。

過去の事を思い出しても、失敗した事や、悪い事ばかり選んで思い出してしまう。身の周りの事も悪い事やトラブルばかりが目に入り、この世の中は困難で嫌な事だらけだと思ってしまう。そして、これは単純に自分が悪い事だけとか悪いところだけを見ている事を自覚できなくなってしまうのである。

こんな経験はないだろうか、テレビのニュースを見ている時も、誰かが結婚したと言うニュースよりも、誰かが事故で無くなったというニュースの方が気になってしまったりして、そればかりが気になって嫌な気持ち、暗い気持ちになってしまう。他にも話題があるのに、暗いニュースだけが自分の中に入ってくる。気持ちが暗いから多分、暗いものを引き寄せるのであろう。自分はうつが悪い時には、ニュースでそのような報道があっても見ないようにしていた。

認知療法パート6-(「すべきである」思考=完全主義や完璧主義の人に多い)

自分や他人に対して、どんな事に関しても「こうするべきだ」とか「こうあるべきだ」、「こうあらなければいけない」などハードルの高い基準を作ってしまう。このような思考パターンを「すべきである」思考というのだが、自分がまさにこれである。一番初めにこれを取り上げるべきだったのかもしれない。

「常に明るく振舞っていなければならない」、「男であれば、人に弱い面をみせてはならない」、「毎日一生懸命に生きなければいけない」などなどの基準を作る。それにより、かえって自分を追い込み、窮地に立ってしまう。良い言い方をすれば、真面目なのかもしれないし、努力家なのかもしれない。しかし、自分の場合はどちらかというと、自分に自信が無いからハードルを高く設定しているような気がする。

自分は良い大学を出たのだから、社会で成功しなければならない。成功とは人より早く出世して、人より多く給与をもらい、大きな家に住み等々、自分に言い聞かせて頑張ってきた結果、自分を追い込みすぎてうつ病になってしまった。

今更ながら思うが、こんな厳しい条件を自らにかしていては、たいていのことは失敗に思えてしまい、なにをやっても満足感は得られず、自己嫌悪に陥る。常に緊張している状態が社会人になってから続いていたという事になる。そして、ちょっとしたきっかけで自分は破たんしてしまった。

典型的な、「完全主義」や「完璧主義」の考え方である。

しかし、「完璧な人間はいない」、「完全な人間はいない」と思うようになってから気分が楽になった。誰でも長所と短所がある。自分を知る事が大事なのかもしれない。

第2章(3)認知行動療法とはー10パターン③と④

(3)認知行動療法とはー10パターン③と④

歪み-その③ – マイナス思考

マイナス思考になっているという事を実は言われるまで、気付かなかった。それまでは、どちらかというとプラス思考の人間で、自分が世界一だと思っていたので、自分がマイナス思考になっていると知った時、いつからそうなったのかが分からなかった。多分、うつ病になるきっかけが、それまで順調に来ていた人生で初めて挫折を味わった後だったので、それからだろう。きっかけはどうであれ、マイナス思考は厄介だと思った。気付かない内に自分の思考を支配していたので、言われるまで気づかなかったからである。

マイナス思考になると、良いことがみえなくなるばかりでなく、なんでもないことや或いは良いことまで悪いほうに考える傾向が生れる。誰かに誉められても「お世辞をいわれている」としか思えず、たまにうまくいっても「まぐれだ」、とか「こんなことは誰にでもできるから」としか思えない。TOEICで900点以上とっていても帰国だったら900点以上なんてざらだしと思ってしまう。自分がダメな理由をどんどん探して、自分の過去を批判したり、自分の生き方を批判したりと、デフレスパイラルのように気分が落ち込んでいく。

気分が落ち込むと当然、行動も出来なくなってしまう。マイナス思考になってしまった自分は、やれば普通に出来ることすらも、行動する前から「できない」、「怖い」という思考に支配され、何もしない、出来ない、自らの動きを封じられてしまうのである。本当に酷い時は、体が強張ってしまって、動かなくなってしまった。それだけ、マイナス思考を続けると体に変調をもたらし、害になることが分かる。

あと、マイナス思考は伝染すると思った。自分がマイナス思考だと、家族の事や特に子どもの事も、マイナスに考えてしまう。子どもがちょっと学校とかのテストで点数が悪かったり、学校で問題を起こしたりすると、勉強、スポーツ、音楽等々、何をやってもダメだと思ってしまい、「お前は何をやってもダメだな」と子どもに怒ってしまう。そうすると子どももマイナス思考になってしますのである。

しかし、マイナス思考が全部ダメなわけではないのが難しい。

人間の防衛本能として、マイナス思考を持っているという。何かをやるときに、「もしも」という思考が無ければ、大変な事になってしまう。「もしも思い通りにならなかったら」、「もしも期待通りにならなかったら」という思考が無いと、何でも無計画に、行き当たりばったり、猪突猛進に行ってしまい、結局予期せぬ出来事に対応出来なくなってしまう。つまり、冷静に物事を判断するうえでは、マイナス思考が必要なのである。自分はこれをリスク回避のための思考なので、マイナス思考とは別と思っている。

歪み-その④ -心の読みすぎ=勝手な思い込み

認知療法の4つ目として、「こころの読みすぎ=勝ったな思い込み」というのを取り上げたいと思う。

これは、わずかな根拠や事象から相手のこころを勝手に推測し、事実とは違う、或いはまったく事実無根の結論を下してしまうことである。

例えば、メールを送ったのに、返事が遅かったり、1日返事が無かっただけで、自分はもう嫌われてしまったのだという感じである。また、落ち込んでいて「自分は馬鹿にされているのではないか」などと考えていると、相手が少し笑っただけでも「バカにされて笑われた!」と、後ろで誰かがひそひそと話していると「自分の陰口をいわれている」と一方的に傷つき、結局すべてが嫌になる。客観的判断が下せなくなる。最初に休職をして、復職した時に常にこのような状態にあった。本当はそんなこと無いのに、周りの人が全員自分の悪口を言っていたり、バカにしているように思えてしまった。それで会社に行くのが嫌になってしまったのである。

この背景には「他者評価絶対主義」がある場合が多い。つまり「他人の評価が自分のすべての価値を決める」という極端にゆがんだ考え方である。自分もかなり周りを気にする方で、常に周りからどう思われているかを気にしていた。誰でも他人から耐えず認められたり、さげすまれたりしているものだが、この態度をとっていると、そのたびに自分の価値があがったり、まったくなくなったりするようにおもわれるため、いつも動揺し、「人からどう思われているか」ばかり気にしつづける。

でも考えてみれば気付く事だが、そこまで他人の事を気にしていないのが実情である。冷たい言い方をすれば、そこまで自分の事を考えていると思っている事は自意識過剰である。あまりの人なんて、自分の事をそこまで意識していないし、周りがどう思うっても関係ないと最近ようやく思えるようになってきた。

「普通」の態度というのは他人の評価を受け入れつつ、じぶんで自分の良い点も認めていく、他者評価と自己評価のいずれも尊重する態度である。

自分と家族がいれば今は十分である。

第2章(2)認知行動療法とはー10パターン①と②

(2)認知行動療法とはー10パターン①と②

認知行動療法はその内容を理解して、自分と向き合うというプロセスである。特に認知療法の部分では、「認知の歪み」を理解する事が大事である。「認知の歪み」には10のパターンがある。ここから数ページで紹介しようと思う。

歪み-その① – 全か無か、All or Nothing思考

最初に取り上げたいのは、「全か無か、All or Nothing思考」である。

この傾向は実は自分もあるとすごく感じた。何でも善か悪、全部又は無という判断をしている事に気付いた。本当はその中間があるのに、それを考えないのである。これは認知の歪みの基本だそうである。少しでも失敗したり、ダメだったりすると、全部が失敗又はダメなように思えてしまう。

この考えが自分を支配していたので、ちょっとしたことですぐに、「すべて終わりだ!」とか、「すべて台無しだ!」とか、「絶対に無理だ!」とか、「もう手遅れだ!」という極端な判断をしてしまう。

でも考えてみて欲しい(自分に言っている)、この世の中で、完全な人が果たしているだろうか。いるなら紹介して欲しい(これも今だから言えるようになった)。人間や物事を100%又は0%で判断する癖をいつから身に着けてしまったのか分からないが、自分は自分の思い通りにいかないと全部ダメなような気がしてしまっていた。例えば、仕事でちょっと遅刻するもの自分では許せない事であったし、仕事で失敗する事も許せなくなっていた。そして、他人に対しても同じように求めた部分がある。自分の子ども達に対してもそうである。

これを「完全主義者」と言うと思うが、自分も完全になろうとしていたような気がする。そして、完全では無い自分に失望し、心苦しくなるのである。でも、今は世の中、だいたいあやふやな比率でなりたっているということを思うようにしているし、実際にそうである。

自分をエリートというつもりは無いが、エリートになろうとして、完璧な人間を目指していたような気がする。若い頃はかなり自分に自信があったし、実際に仕事が出来た。その結果、勝手に自分はエリートだと思い込んで、自分を追い込んでいたのだろう。完璧を求めすぎた結果がうつ病である。

繰り返すが、この認知の歪みのもとには「完全主義」がある場合が多いので、もう少し余裕を持って物事をみるようにすると良いと思う。

歪み-その② – 何でも一般化しすぎてしまう

何かひとつやふたつの事実・事象を見たり、体験したりすると、「すべて(いつも)こうだ」と思いこむ傾向にある。そして、その対象がほとんど自分自身である場合が多い。

何度か、朝起きられなくて、会社に遅れれば「自分はいつも、いつも起きられなくて、時間に遅れてしまうので、これからもずっとそうなるに違いない」と思ってしまう。更に、ほんの2,3人から嫌われれば、もう世界中のだれもが自分を嫌っているように感じて、「自分はひとりぼっちでだれも味方がいない」と哀しくなる。しかも「この先も一生嫌われつづけるのだ」とまで考えるようになれば、生きているのが嫌になってしまうだろう。

自分も会社に復職した時にこのように感じた。復職して前の部署に人に話をしたら、あまり良い返事が返ってこなかったのと、ある人には無視されたので、前の部署の人達は全員自分の事が好きでは無くて、話したくないのだと思ってしまった。また、新しい部署でもなかなか話かけてもらえなかったので、自分の居場所が無いと思ったり、関わるのが面倒なのだろうなと思ったりしてしまった。

このようにものの見方に柔軟性がなくなるのも鬱状態のもう一つの特徴だ。

これを克服するためには、「相手の立場で考える」という事が良いらしい。例えば、自分が前の部署に人だったらとか、新しい部署に人だったらどうするかと考えるのである。そうすると、病気から戻ってきて、どう接したら良いか分からないとか、復職したばからだから温かく見守ってあげようと自分だったら思う事に気付く。そう思うと、ここは自分が積極的に声を掛けるのが良いのではないかという、前向けな気持ちになるのである。

第2章(1)認知行動療法との出会いー認知行動療法とは

(1)認知行動療法との出会いー認知行動療法とは

うつ病を克服するのに一番効果的だと感じたのが、認知行動療法である。2013年2月26日に書いたブログ記事からの抜粋が以下である。

【ブログ】より

うつ病回復のために、「認知療法」を新しいメンタル・クリニックの先生に提案されたので、いろいろと調べて見ると、「認知行動療法」という言葉に巡り合った。(週刊東洋経済 2012年6月16日号)

もともと、「行動療法」が1950年頃に体系化されたそうである。人の行動面に働きかける治療法だそうだ。例えば、ひとりで電車に乗るとパニック障害が起きる場合、「電車に乗る」という条件下で行動が変化する=パニック障害を起こすことに注目し、「電車に乗る」という条件を、近所を散歩する→駅まで行ってみる→電車に乗らずに一人でホームに立ってみる、と段階的に変化させて問題を解決する方法の事をいう。

「認知療法」は、もう少し遅く1970年代に体系化されたもので、認知、つまり考え方に働きかける療法である。自分の思考パターンを知ることから始まる。今まで私はこの事に全く気付かなかったので、新鮮であった。自分がうつ病になった切っ掛けを、「自分はダメだ」といった“歪んだ”物のとらえ方(認知の歪み)があると想定し、その歪みを合理的な考え方に変えていくことで解決を探る方法だ。

二つの療法は、認知の歪みに気付けば当然行動を変わる事から、相関関係があるとして、治療方法を統合して発展させたのが、認知行動療法だ。

うつ病と向き合う事によって、回復を図りたいと思っている自分にとってはかなり重要な療法であると感じている。投薬治療をここまで6年間行ってきて、再発している事を考えると、根本的な部分を治していなかったのは明白である。実際に「よくなる」人が60~70%という調査結果がある事から期待している。

【ブログの抜粋はここまで】

とブログで書いたように、当時は手探り状態で勉強を始めた事が克服したきっかけになっているので、多くの人に知ってもらいたいと思う。

 

第2章うつ病と生きていく

うつ病と生きていくー序章

ここからは、「うつ病との戦い」から「うつ病と生きていく」という新しい章としてスタートしていこうと思う。自分は6年間うつ病と戦いつづけたが、結局良くなる事はなかった。今になって思うと、うつ病と戦ったことがここまで長引いてしまった一番の原因であると思う。また、精神科医にうつ病を治すためのノウハウやスキルが足りなかったからだとも思う。精神科医はうつ病になった事が無いので、患者が本当に何をすべきかのアドバイスは出来ないのだろう。

自分がうつ病と向き合おうと真剣に考えるようになったのは、3回目の休職中であった。3回目の休職の時に、自分が通っていた精神科医が縮小して、担当医も変わった。新しい担当医はあまり相談出来るような感じがしなかったため、他に良いメンタルクリニックは無いか探していた。ネットでいろいろと探していると、うつ病に関する情報が多いことに気付いた。同じような経験をしている人もいて、正直ちょっとほっとした。

ネット調べていくうちに治った人たちが何をしていたかを知るようになった。抗うつ薬に種類があることも知った。また、抗うつ薬だけでは治らない事も分かった。自分が今まで6年間も苦しめられてきたうつ病の克服方法がネットを調べれば、調べるほど出てきた。一番効果的だったのは、認知行動療法だと思う。この言葉自体は、最初にうつ病になった時に購入した雑誌にも書いてあった。しかし当時は目に留まることは無かった。何故だか分からないが、うつ病は「こころの風邪」だと思い、薬を飲めば治ると信じていた。自分が通っていたメンタルクリニックでもそのような言葉は出てこなかった。

うつ病を克服出来たもう一つの大きな要因は、セカンドオピニオンだと思う。5年間通い続けた精神科医だけではなく、他にメンタルクリニックに意見を聞くのも大事だと思った。自分はたまたま担当医が変わったのをきっかけに別のクリニックに行ったが、経験豊富でアドバイスが出来る先生に出会ったことが大きい。自分がちょうど、認知行動療法や抗うつ薬の種類があることを勉強していたこともあり、いろいろと質問をした。その先生からは、的確な回答が返ってきたので、自分の中での先生への信頼感は上がった。

ネット上では様々な情報が氾濫しているため、自分にあった治療方法を見つけるのが大変だと思う。薬に頼った克服方法を紹介しているサイトを私はあまり信用しなかった。また、教材(うつ病の克服方法)を売りつけようとしているサイトも同様である。本当に役に立つ情報だと思えなかった。

現在は、抗うつ薬も服用せずに通常の生活が出来るようになった。その方法と役に立つサイトへのリンクを紹介していこうと思う。

(2014年2月現在)